−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 女性チームが表舞台に立つ 「先日のパーティーで見かけたR車に買い換えます」。軽自動車に乗っていた女性客から思いがけずうれしい知らせが届き、T社(徳島市)の女性スタッフは歓声を上げた。その喜びように男性スタッフや経営陣も顔をほころばせた。実はこのR車はT社に勤める20〜30代の女性スタッフだけで構成するチーム「Wチーム」のメンバーが独自に企画した同社だけの限定モデル。オリジナルのエンブレムやルームミラー、フロアマットなどを装備することで、T自動車の通常のR車を若い女性客向けにアレンジした。「Wチーム」のメンバーには車の営業職だけでなく、総務や経理で働く女性スタッフも含まれている。彼女たちは必ずしも全員が車に詳しいわけではない。しかし、ターゲット顧客である徳島県に暮らす若い女性たちと同じ感性を持つことを最大の武器に、限定仕様車のデザインを練り上げた。30台を用意した特製R車は冒頭の女性客への販売を皮切りに、2008年7月までの約9ヵ月間で完売。しかも車の利用者は全員、狙い通りの女性客である。途中、1台売れるたびに、「Wチーム」からはT社全店に「あと○台!」というカウントダウンのファックスが配信され、現場を盛り上げた。街中で自分たちが企画したR車が走る姿を見かけるたびに、メンバーは皆、うれしさがこみ上げてきた。口コミマーケティングという初めての試みが成功したことを実感できたからだ。 女性スタッフがパーティーを初企画 最初の1台が売れたきっかけは、今から1年前の2007年11月6日に「Wチーム」が初めて開催したパーティーにある。その夜、徳島にある人気のレストランに30人の女性が集まってきた。これから始まるT社の「P車パーティー」に参加するためだ。普段は披露宴に使われるおしゃれな場所で女性客を出迎えたのは、「Wチーム」のメンバーである。開場に横づけされた特製R車がなければ、カーディーラーが主催したイベントとは思えない雰囲気。今夜の主賓は日頃車とはあまり縁がない女性たちで、「Wチーム」のメンバーもその立場では、はなから車を売り込もうとは考えていなかった。P車の広告イメージであるプチトマトにちなんで特別に用意したトマトづくしの料理を楽しんでもらい、徳島で暮らす女性同士で楽しい時間を共有できればいい。その意味ではパーティーは大成功のうちに幕を閉じた。参加した女性たちは口々に「また来たい」と繰り返していたからだ。パーティーを企画した「Wチーム」のメンバーは10人。現在は12人に増えた。「Wチーム」の目的は口コミマーケティングを通じて女性ファンを1人でも多く作ることで、活動の中身はチームに一任されている。というのも、もう1つの目的が女性スタッフの活躍の場を広げて従業員満足度を高めることにあるからだ。その彼女たちが発案したのが、日頃T社とはほとんど縁がない女性客をもてなすパーティーだったわけである。230人いる全社員の約10%しかいない女性スタッフを会社の表舞台に引っ張り上げ、、女性ならではの視点でT社を変えていく。それが「Wチーム」発足のそもそもの狙いだ。代表取締役専務営業本部長のT氏は「当社は人材育成に経営の比重を置く。女性スタッフの活躍の場を広げ、自主性を尊重して成長を促す」と話す。経営陣の理解がなければ、女性チームが社内を自由に動き回るのは難しい。メンバーにはあらかじめ、「販売台数といった数値の成果は求めていない。営業成績を重荷に感じる必要はない」と伝えてある。その分、まずは伸び伸びと気兼ねなくやってほしいというのが経営からのメッセージだ。これまでにない自由な発想を引き出すことで、女性ファンの獲得というカーディーラーにとってはまだまだ取り組みが浅い課題の克服に挑む。 やりたいと手を挙げた若者に任せる 2007年9月、リーダーを務める総合営業企画部企画グループ主任のM氏に「女性だけのチームで口コミマーケティングに挑戦してみる気はないか」と提案した際も、T氏は決して「やれ」とは言わなかった。仕事を押しつけず、「本人が『やります』と言ってくれるまで待った」という。M氏も即答を避け、3〜4日じっくりと考えてから腹を決め、「やらせてください」と宣言した。チームの門出そのものが、リーダーの自主性に委ねられていた。当初、M氏が仕事を引き受けるのをためらったのは無理もない。いきなり口コミマーケティングと言われても「具体的に何をすればいいのか分からなかったし、女性スタッフをまとめるのは難しい面があることも承知していた。日々の業務の中で手いっぱいなところに新たな仕事が加われば、自分が追い込まれてしまい、満足のいく仕事ができないかもしれないという不安があった」。そもそも、「女性チームに入りたい」と言って、自分から手を挙げてくれる仲間が社内にどれほどいるのだろうか。前例がないことだけに、そんな心配もあった。しかし、社内公募をかけると、心配はすぐに吹き飛ぶ。女性スタッフが次々と名乗りを挙げ、10人のメンバーが集まった。ただし、顔ぶれを見ると、普段は顧客と接する機会が少ない部署の人たちも交じっている。控えめな性格の人もいた。それでも「やってみたい」と手を挙げてくれた後輩たちの存在に、M氏は勇気づけられた。口コミマーケティングの手法そのものや女性チームのまとめ方は、この分野で実績が多いマーケティング会社、H社(広島市)に支援を求めた。T氏が口コミマーケティングに関心を持ったのも、本をただせばH社の講演を聞いていたのがきっかけだった。
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−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 不安よりも「やりたい!」が勝る メンバーの1人は「Wチーム」の話が出た時、「不安よりも『やってみたい』という気持ちが勝った」と振り返る。自分がやりたい仕事がようやく見つかった思いでいっぱいだった。いざパーティーの運営をまかされると緊張する場面も多かったが、「充実感があった。事務職で入社した私は今までは仕事を淡々とこなすだけ。それが「Wチーム」では楽しんで仕事に取り組める」と告白する。最初のパーティーで集客が思うように進まなかった時は社外の友人にも応援され、泣けてきた。「Wチーム」を通じ、顧客に対する接し方やメンバーに対する見方も変わった。あるメンバーは「女性客から、女性スタッフのほうが(男性スタッフよりも)話しやすいと指摘され、自分から積極的にお声掛けするようになった」と明かす。別のメンバーは「普段の業務では経験できない仕事を通じて、メンバーのいいところをたくさん見ることができた。私もそうなりたい」と話す。特にチームの大黒柱であるM氏に対する信頼やあこがれは強い。そして何よりメンバーの心を揺さぶったのは、パーティーに参加した女性客の口からこぼれる「楽しかった、ありがとう」という言葉と、会場で見せる彼女たちの笑顔だった。自分の仕事が認められたという実感を初めて直接的に得られたからだ。顧客の満足が自分自身の満足にも直結している。普段の事務作業ではなかなかそうもいかない。この1年の「Wチーム」の活躍をどう評価すべきだろうか。特製R車を女性客に30台売り切ったのは直接的な効果だが、それよりもT氏は「リーダーの成長に加え、メンバーに考える力がついてきたことが最大の功績だ」と考えている。女性のドライバー比率が全国でも高い徳島での女性ファン作りという目的も達成されつつある。その証拠に、最初は集客に苦しんだパーティーも、2008年10月に開いた7回目のパーティーでは、リピーターが新たな参加者を連れてくる口コミ効果のおかげで、規模が50人に増えても集客に困らなかった。口コミは目に見えないが、「集客の早さが女性ファン作りに手応えを感じさせてくれる。車を買うのは10年に1度かもしれないが、その時に真っ先に当社の女性スタッフの顔を思い浮かべてもらえればいい」(T氏)。既にパーティー参加者の中には「近くまで来たから」と言って、オイル交換や車の点検のために店舗に立ち寄ってくれた人もいる。しかも「Wチーム」は思わぬ波及効果まで巻き起こしている。活躍ぶりが地元メディアで紹介され、女性スタッフが生き生きと働く会社として知られるようになった。「自分もそんな会社で働きたい」と言って、実際に入社を希望してきた新卒社員が現れたほどだ。 後輩の成長が一番うれしい M氏に、この1年で一番感動したことは何かと尋ねると、パーティーの成功や特製R車の完売といった答えではなく、「メンバーの成長ぶりが一番うれしい」という答えがすぐに返ってきた。「Wチーム」が軌道に乗ったのはM氏の明るいキャラクターと行動力によるところも大きいはずだが、本人は後輩を讃える。「パーティーの運営は回を重ねるたびにうまくなっている。メンバー自身が自分で仕事を見つけてきて、率先して動いてくれるようになった。上手に司会をこなす姿やテーブルを盛り上げる姿を見ると、本当にうれしくなる。まるでお母さんみたいですね」と笑う。M氏はメンバー一人ひとりの性格に合わせて接し方を変えながら、できるだけ後輩の意見を聞き入れ、後輩をどんどん舞台に上げていくことにリーダーとして役割を感じていた。だから後輩の成長がうれしくてたまらない。普段、口にこそ出さないが、M氏はT社が好きなので、後輩たちにも好きになってほしい」と願っている。そんな彼女も新人時代は車が好きで入社したものの、必ずしも会社が好きになったわけではなかったという。だが、入社5年目から企画の仕事にかかわり、本社のCS(顧客満足度)担当にも任命され、仕事が面白くなった。T氏が女性主体の口コミマーケティングをM氏に提案したのもそのためだ。M氏がリーダーとしてパーティーを企画した時も、経営陣は内容や予算には口出しせず、チームに任せた。「それだけ会社から信用されていると感じて、かえって節約しながらアイデアを考えようと意識した」。楽しそうに仕事に取り組む姿が信頼をつかみ、次の仕事を自分に呼び込む。それがまた楽しさを生み、顧客からも感謝される。同じ思いを後輩にも体験してほしいとM氏は打ち明ける。
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